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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)428号 判決 1961年1月30日

控訴人 原告 国 代表者法務大臣 井野碩哉

指定代理人 堀内恒雄 外三名

被控訴人 被告 中央労働委員会 代表者 中山伊知郎

訴訟代理人 小林直人 外二名

主文

原判決を次のように変更する。

被控訴人が中労委昭和三十年不再第一号不当労働行為再審査申立事件について、昭和三十年十一月三十日附でした命令中、本件救済命令のうち申立人らが解雇から原職に復帰するに至るまでの間に受くべかりし諸給与相当額を同人らに支払うべきことを命じた部分につき再審査申立を棄却した部分を取り消す、

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取り消す、被控訴人が中労委昭和三十年不再第一号不当労働行為再審査申立事件について昭和三十年十一月三十日附でした命令を取り消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、控訴人訴訟代理人において別紙一のとおり、被控訴人訴訟代理人において別紙二のとおりそれぞれ陳述し、控訴人訴訟代理人において、甲第十四号証から第十七号証までを提出し、乙第八号証の一、二の成立を認め、被控訴人訴訟代理人において、乙第八号証の一、二を提出し、甲第十四号証から第十六号証までの成立を認め、甲第十七号証は不知と述べたほかは、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、その記載を引用する。

理由

控訴人の請求に対する当裁判所の判断は、本件救済命令中、解雇から復職までの給与の遡及支払を命じた部分の適否の主張に関するものを除き、原判決の理由に記載されているとおりであるから、ここにその記載を引用する。(ただし、原判決理由五枚目(記録五五〇丁)表三行目の「主張旅費」は「出張旅費」の、同十二枚目(記録五五七丁)表一行目から二行目へかけての「何もなかた」は、「何もなかつた」の、同十三枚目(記録五五八丁)表終から二行目の「大尉がの」は「大尉らの」のそれぞれ誤記であるから訂正する。)

次に右命令中給与の遡及支払を命じた部分の適否について考える。

控訴人は、労務者の給付すべき労務が使用者の責に帰すべき事由によつて履行不能となつた場合に労務の給付を免れた労務者がその間に他に就職して得た収入は民法第五三六条第二項にいわゆる自己の債務を免れたるに因りて得たる利益として償還すべきであり、従つて労務者の報酬請求権はその償還すべき金額だけ減額されたものについて生ずるものと解すべきであるにもかかわらず、被控訴人が報酬全額の遡及支払を命じたのは労務者が実体法上権利を有しない全額の支払を命じたものであつて違法であると主張する。

これに対し、被控訴人は右主張は時機に後れた攻撃方法であるから却下されるべきであると主張するので、まずこの点について考える。

本件については原審において準備手続までも経ているにもかかわらず控訴人は原審において右主張をなさず、当審における昭和三十四年六月三日午前十時の口頭弁論期日に至つて始めて同年一月二十一日付準備書面の陳述により右主張をなすに至つたことが記録上明らかであり、右主張を原審においてなし得なかつた特別の事情のあつたことは認められないのであるから控訴人は故意ではなくても少くとも重大な過失によつて時機に後れて右主張をなしたものといわざるを得ない。しかしながらこの主張については、事実関係が当事者間に争がなく、これによつて特に訴訟の完結を遅延させるものとは認められないので被控訴人の右主張は採用しない。

よつて進んで控訴人の右主張の当否について判断する。

本件救済命令申立人佐藤武男、佐貫勇、中村清哉及び西山陽の四名がそれぞれ控訴人主張の期間控訴人主張のように他に就職して給与を受けていることは当事者間に争がない。そして本件救済命令に「解雇から原職に復帰するに至るまでの間の同人らの受くべかりし諸給与相当額を同人らに支払わなければならない。」とあるのは、本件解雇から復帰までの間に本件救済命令申立人らが他に就職して得た収入を控除しない給与の全額の支払を命ずる趣旨であることは、その文句に徴し明白である。

労働委員会の発するいわゆる救済命令は、使用者の不当労働行為によつて労働者が不利益を受けた場合に、労働者を事実上すみやかに救済するため、その不利益を排除して、できるかぎり、これを原状に回復させようとするものであつて、使用者と労働者との間の私法上の法律関係を判定せんとするものではないから、労働委員会は、右の目的のために各場合に応じて最も適当と考える救済を与える職務権限を有し、この点につき広汎な裁量権をもつものであつて、救済命令の内容が使用者と労働者との間の実体法上の法律関係と厳密に一致することは必ずしも法の所期するところではないものというべきである。しかしながら、委員会のこの権限は決して無制限のものではなく、制度の性質上から来るおのずからなる制限のあるべきことはもとより当然のことであり、救済命令は前記のように不当労働行為によつて生じた不利益を原状に回復させることを目的とするものであるから、その命令によつて労働者を不当労働行為がなかつた場合よりも事実上有利な状態に置くことは、この制度の期待していないところであり、そのような内容の命令(たとえば特別の事情がないのに解雇から復職までの賃金の二倍に相当する金額の遡及支払を命ずる如き。)は救済命令の範囲を逸脱した違法のものというべきである。労働者が不当に解雇され本来の職場で働くことができないので、復職までの間に他の職場で働いて賃金を得た場合には、それが副業的なものと認められる場合等特別の事情のある場合を除いては、他の職場で得た賃金を控除しないで解雇から復職までの間受くべかりし諸給与全額の遡及支払を命ずるときは、不当労働行為のなかつた場合よりも事実上有利な状態になることは見易い道理であるから、労働委員会は労働者が他の職場で得た収入の額等を具体的に審査確定すべき職務権限を有しないものではあるけれども、右のような事実が認められる以上、救済命令としては、労働者が他で働いて得た賃金を控除した残額の給与の支払を命ずべく(もとより具体的な金額を明示する必要はない。)これを控除しない全額の給与の遡及支払を命ずることはできないものというべきである。もつとも、単に従前の給与の遡及支払を命じただけでは完全に原状に復したとはいえないから、これを償う意味で、他の職場で得た賃金の控除をしないことも許されるのではないかという議論もありうるが、たとえば、従前の給与に支払遅延による損害金の附加支払を命ずる等するのは格別、特別の理由もなく、解雇から復職までの間他で働いて得た賃金を控除しないで従前のうべかりし給与全額の支払を命ずることができるとする合理的根拠を発見することはできない。

なお、右の場合、もし労働者が実体法上使用者に対し、他に就職して得た賃金を控除しないで従前のうべかりし給与全額の支払を受ける権利を有するものとすれば、仮にこれによつて事実上原状より有利な状態になるにしても、他の職場で得た賃金を控除しない従前の給与全額の遡及支払を命ずる救済命令を発することも違法でないという見方ができるかもしれない。しかし、これを実体法の見地から検討しても、本件のような不当解雇の場合は使用者の責に帰すべき事由による労働者の債務の履行不能の場合に該当するものというべきところ、労務の給付を免れた労働者が解雇から復職までの間他に就職して得た収入が民法第五百三十六条第二項にいわゆる「債務を免れたるに因りて得たる利益」にあたるか否かについては争のあるところであるが、ここにいわゆる「債務を免れたるに因りて得たる利益」を単に債務の免脱自体のみを原因として生じた利益と解するのは狭きに失するものというべく、債務者が債務の免脱のほか、これによつて得た時間を利用し、さらに他で働くという別の原因も加わつて得た賃金も、債務の免脱がなかつたならば得られなかつたものであるから、債務を免れた者が通常得られる程度のものであれば、債務を免れたことと相当因果関係にあり、従つてこれをもつて「債務を免れたるに因りて得たる利益」と解するのが相当である。しかるところ、本件救済命令申立人が他に就職して得た前記給与は、同人らの経歴等に徴すれば通常得られる程度のものと認められるから、右給与は「債務を免れたるに因りて得たる利益」に該当するものというべく、同人らは債権者たる控訴人に対して右給与額を償還すべき義務があり、従つて、控訴人が右償還請求権を主張する限り(控訴人が本件においてその主張をしていることはいうまでもない。)右申立人らは右償還額を控除した残額のうべかりし給与を請求しうるにすぎないものといわなければならない。

もつとも、このように考えると解雇から復職までの間他で働いた者がその間無為に過ごした者よりもかえつて不利になるように見えるが、それだからといつて、そのことから直ちに現実に他で利益を得ている者に対し原状回復以上の利益を与えるべきであるということにはならない。救済命令の内容は画一的に考えるべきものではなく、各場合に応じて必要適切な救済が与えられるべきであつて、被解雇者が解雇から復職までの間容易に他で働いて収入をうべかりし状態にあつたのにかかわらず無為に過した場合等についても問題があると思われるが、これはしばらく措き、少くとも解雇によつて得た時間を利用して他で働いて現実に給与を得た右のような場合においては、これを控除して従前の給与の遡及支払を命ずべきであると考えるのが相当である。

本件の場合においては、救済命令申立人らが他で働いて得た給与が副業的のものである等特別の事情のあることが認められないのであるから、被控訴人が本件救済命令において、該救済命令申立人らが他で働いて得た給与を控除せず、解雇から復職までの間に同人らの受くべかりし諸給与相当額全額の遡及支払を命じたのは、救済命令の範囲を逸脱した違法のものといわなければならない。

被控訴人は、右賃金の遡及支払の適否についての主張は、初審、再審査を通ずる労働委員会の手続の過程でいずれの当事者からも主張、立証がなく、処分時にはこれを考慮する余地がなかつた事柄であると主張するが、控訴人主張のような本件救済命令申立人らの他の職場における給与受領の事実が本件再審査終結当時に存在していたことは争がないのであるからたとえ初審及び再審査における労働委員会の手続の過程で当事者のいずれからも、その主張、立証がなかつたとしても、この点につき特別の制限の規定があることが認められない以上、裁判所はそのことにかかわらず新たな主張、立証に基いて救済命令の適否を審査しうるものと解するのが相当である。従つて被控訴人の右主張のような事実があるとしても本件救済命令の前記違法を看過することはできない。

以上のとおりであつて、東京都労働委員会の発した本件救済命令は、該救済命令申立人らの復職を命じた部分は適法であるが、同人らに対し解雇から復職までの間の同人らの受くべかりし諸給与相当額全額の支払を命じた部分は違法であるから、これを取り消すべきであり、被控訴人のした本件再審査請求事件についての命令中、本件救済命令のうち給与の遡及支払を命じた部分につき再審査申立を棄却した部分はこれを取り消すべきであるが、その余の控訴人の請求は失当として棄却すべきである。よつてこれと異る原判決はこれを変更すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条及び第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 川喜多正時 判事 小沢文雄 判事 位野木益雄)

(別紙一)

控訴人の陳述

被控訴人委員会が賃金全額の遡及払を命じたことは、次に述べる理由により、違法であるといわなければならない。

一、被控訴人委員会は、東京都知事のなした再審査の申立を棄却し、東京都地方労働委員会の「申立人佐藤武雄、同佐貫勇を昭和二八年六月二七日当時の、同中村清哉を同月二九日当時の、同西山陽を同年七月二〇日当時の各原職またはこれと同等の職に復帰させると共に解雇から原職に復帰するに至るまでの間の同人等の受くべかりし諸給与相当額を同人等に支払わなければならない。」との命令を維持して、控訴人に対していわゆる賃金の遡及払を命じている。

二、しかるに、被控訴人委員会が昭和三〇年一一月三〇日附命令書を発する以前に、右佐藤ほか三名は、次に述べるようにそれぞれ他に就職して収入を得ている。

1、佐藤武雄は、昭和二九年一〇月一六日以降今日まで引き続き富山県立新湊高等学校に化学及び英語を担当する教諭として奉職し、本俸一六、三〇〇円、扶養手当六〇〇円、勤務地手当八四五円、合計一七、七四五円の支給を受け、昭和二九年中の収入四九、二八二円、昭和三〇年中の収入合計二五五、六四〇円を得ている。

2、佐貫勇は、昭和三〇年六月頃から東京都中央区京橋二の一荒川ビル四階に事務所を有するインターナショナル・コレスボンデンス・スクール・ジャパンに勤務し、給与として少くとも年額二九二、〇〇八円の支給を受けている。

3、中村清哉は、昭和三〇年三月七日以降総理府恩給局に勤務し、同月から十二月までの間に給与、諸手当合計一六四、三四二円の支給を受けている。

4、西山陽は、昭和三〇年一月四日以降、昭和三一年四月末日までの間東京都中央区日本橋本石町三丁目六番地の四丸善石油ビル六階に事務所を有するマックヒー・インダストリアル・エンジニヤリング・カンパニーに勤務し、その間月額二〇、〇〇〇円の給与を受けている。

三、使用者(債権者)の責に帰すべき事由によつて履行不能となつた場合に、労務の給付を免れた労務者(債務者)がその間に他に就職して得た収入は、民法第五三六条第二項にいわゆる自己の債務を免れたるに因りて得たる利益として償還しなければならないかどうかについては、学説の分れるところであるが、労務者が他に就職して得た賃金は、給付を免れた労働の時間に対応するものであることを直視すれば、これを積極に解すべきものと思われる。しかして、これを積極に解すれば、同条項にいわゆる「償還することを要す」というのは、使用者が反対給付の全額を支払つた後に償還請求権を取得するものと解すべきではなく、一種の損益相殺として、労務者の賃金請求権は減額されたものについて生ずるものと解するのが妥当である。蓋し、このように解さなければ、支払えば不当利得となるものを予め支払う不合理を生ずるからである。

四、右のようにみてくると、被控訴人委員会が賃金全額のいわゆる遡及払を命じたのは、労務者が実体上有しない賃金全額の支払を命じたこととなつて違法であるといわなければならない。なお、これについて、敷衍すれば、次のとおりである。

(1) 、命令書によれば、「受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならない。」といつているだけであつて、賃金全額の支払を命じたものであるかどうかは問題であるが、「受くべかりし諸給与相当額」というのは、労務の給付を免れたことによつて得た利益を控除しない全額を指しているものと解するのが普通であろう。

(2) 、労働委員会は、広汎な自由裁量権が与えられているものであつて被用者の原職復帰、賃金の遡及払を命ずることもこの裁量の範囲内のことであつて、賃金全額の遡及払を命ずるか、他に就職して得た利益を控除したものの支払を命ずるかは、救済の範囲の広狭であるにすぎず、当、不当が論ぜられこそすれ違法の問題ではないとされるかも知れないが、控訴人は、労働委員会の有する裁量権にも限界があつて、労務者が実体上有しない賃金請求権についてその支払を命ずる命令は違法として論ぜらるべきであり、賃金全額の遡及払を命ずるか、他に就職して得た利益を控除したものの支払を命ずるかは、当、不当の問題であるにすぎないとの見解は、他に就職して得た利益は、労務の給付を免れたことと相当因果関係にないことを前提とする場合に限つて妥当するものであると考える。

また、労働委員会は、使用者、労働者間の法律関係の存否を確定するものではないとされていることから、これに全く触れないものであるかの如くであるが、委員会が法律関係の存否を確定するものでないことは当然ながら、実体上請求権のない給与の支払を命ずることは違法であるとされなければならない。

(3) 、米国における救済命令は、現今では、労務者が他に就職して得た利益はこれを控除して、賃金の遡及払を命ずるのが通例とされているのに対し、日本の労働委員会の救済命令においては、控除しないことが慣例となつているとされている。そして、その控除しない理由としては、日本の労働市場の状況は、米国のそれと異ることが挙げられているようである。

右の「日本の労働市場の状況は、米国のそれと異る。」という表現が、労務者が他に就職して得た利益は、労務の給付を免れたことと相当因果関係にないことを別異の表現をもつて示したものであるとするならば、これこそ、前述のとおり、学説の分れている問題について委員会がその一方を採用していることを示したものといわなければならず、控訴人が本件において、裁判所の判断を得たいと望んでいる問題にほかならない。

また、右の「日本の労働市場の状況は、米国のそれと異る」との表現が救済の必要性について述べられたものであるとすれば、賃金請求権の存否及びその範囲の問題は、救済の必要性の問題よりも論理上先行すべきものであるといわざるを得ない。

本件における労務者は、いわゆる駐留軍労務者であつて、国が雇用主となつてその賃金を支払うものであるが、その支払額は米軍から求償を受ける関係にあるのに、前述のとおり、米国における救済命令の内容と日本の労働委員会の救済命令のそれとに差があるところから、被控訴人委員会の本件命令について米軍労務担当官等において納得しない事情にあるので、特にこの点についての判断を求める次第である。

(別紙二)

被控訴人の陳述

第一民事訴訟法第一三九条の抗弁

控訴人は、昭和三十四年一月三十一日付準備書面において、被控訴人委員会が、賃金全額の遡及払を命じたことは、違法であると主張するが、右主張は、民事訴訟法第一三九条「時機に遅れた攻撃防禦方法」に該当し、却下されるべきものである。

控訴人が、佐藤武男他三名の就職の事実を、第一審の段階で充分知悉していたことは、右事実を緊急命令取消の理由として昭和三十一年五月十六日付で取消申立を行つていることからも明らかである。(右申立は、昭和三十一年六月二十五日第一審で却下された。)(乙第八号証の一及び二参照)

然るに、控訴人はこの点について、第一審においてなんら主張することなく控訴提起後一年近く経過した、本年一月二十三日付準備書面で、右主張を提出したのは明らかに、故意又は重大な過失によつて時機に遅れて提出したものである。

第二事実の認否

控訴人陳述の前記一、二項の事実は認める。(但し、被控訴人委員会は、命令処分時には、右事実は不知であつた。)

第三控訴人の主張に対する反駁

一、控訴人は、被控訴人委員会が、佐藤武男他三名の就職について、なんらの考慮を払うことなく、賃金全額の遡及払を命じたのは違法であると主張するが、初審、再審を通ずる労働委員会審査の過程では、右事実について、両当事者のいずれからも主張、立証がなく、明らかにされていなかつた事実であり、処分時には、考慮する余地のなかつた事柄である。

また、たとえ、右事情が処分時において明らかにされていたとしても、二において述べるように、これを考慮する必要のなかつたものである。

二、控訴人は又、救済内容の決定に際して労働委員会は労働者が実体上の請求権を有するか否かについて判断し救済は実体上請求権を有する範囲にとどめるべきである旨主張するが、行政委員会たる労働委員会は特定の労使関係において不当労働行為が行われたと認定した場合、特定の労働者が特定の使用者の不当労働行為により受けた不利益を排除することを当該使用者に対して命ずる(いわゆる原状回復命令)職務権限を有するものであり、それ以外に労働者が他の生活関係において得た収入の額等を審査確定し、これを原状回復命令において相殺することが労働委員会の権限に含まれるものか否かについては非常な疑義の存するところである。

昭和二十四年労組法改正以来の全国の労働委員会における救済命令の殆んどすべてが、この立場から命令を決定しているのであり、行政訴訟における裁判所の判決においても、右命令が支持されてきているのである。

三、なお、控訴人は、佐藤武男ほか三名が実体上請求権を有しない理由として民法第五三六条第二項を援用し、労務の給付を免れた労務者がその間に他に就職して得た収入が、同条項のいわゆる「債務を免れたるに因りて得たる利益」にあたる旨主張するが、この点について学説は分れているのであつて、必ずしも所論の前提が根拠を有するものとは限らない。

即ち、有力な消極説によれば、同条項にいわゆる「債務を免れたるに因りて得たる利益」とは、債務の免脱自体を原因として生じた利益を指すものであり、債務者が債務の免脱を利用したのではあるが別の原因によつて得たと認められる利益すなわち債務の免脱とは相当因果関係を有していない利益はこれに含まれないと解し、したがつて労務の給付を免れたことにより他に就職して得た収入は、労務の給付を免れたこと自体から生じたものではなく、別個の原因であるあらたな雇用契約によるものであつて、労務の給付を免れたことと相当因果関係を有するものではないとしている。

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